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薬師山の地質
薬師山の傾斜部には落ち葉の少ないところがあり、地面が見える。
コナラの根本に角のとれた石がある。 こちらの木の根本も川原の石のように見える。
と言うことは、このあたり一体は以前は川だったのだろうか?
ここが昔は川だったとすれば、当然竜田川だろう。  と調べてみたら意外、海だった。
    
大阪層群という分厚い堆積層ができる歴史
むかしむかし、大阪平野はもちろん、生駒山の一部を残し、奈良盆地から京都方面までも水面下にあった。

鮮新世=
520万年前〜160万年前


瀬戸内海に相当する地域は東西に長く大地が沈降し淡水の内陸湖になり、その間堆積層が形成されていった。


更新世=
160万年前〜1万年前


120万年前になると紀伊水道が沈降し海水が入り込み海水域が広がった。


長い年月水面下にあって蓄積されたこの地域の堆積物は時代的、地域的特徴を持つ幾層もの地層として分類されるが、それらを総称し大阪層群と呼ぶ。そして、その厚さは 1,000〜1,500mもあるという。
上記の図は下記のサイトから引用       大阪堆積盆地     −その形成と古瀬戸内河湖水系−
参照文献     特集=続・大阪層群−古瀬戸内河湖水系−     市原 実=大阪市立大学名誉教授
薬師山のコナラの根本にあった小石は、数十万年〜数百万年昔の巨大な内陸湖の底か湖岸にあった砂利が隆起したものと理解できる。丘の上では砂や粘土は雨に流され小石だけ残ったということか。
生駒山の生い立ちを調べる

日本列島は北米プレートとユーラシアプレートとがぶつかり合う縁ににまたがるようにて乗っていて、そこへ太平洋プレートとフィリピン海プレートが押し込んで来ている。結果、日本列島はイナバウアーの形でのけぞる。
寄り切られそうな土俵際の力士が必死でこらえる形がそれだ。押す方、押される方、猛烈な力がここに集中する。

地球には10枚の大陸プレートがあるという。
その内の4枚がせめぎ合う地球上で最大のパワースポット、それが日本だ。 とおおげさに前置きしておこう。

(参照:日本列島周辺のプレート

大阪層群の堆積した平坦な大地、近畿地方は、およそ100万年前、東西方向からの圧力により、断層運動と褶曲運動が起こった。地下にある基盤の花崗岩は上部の堆積層もろとも、たわみ、たわみきれなかった所は破断し凹凸のある地形が生じた。
生駒山は褶曲した上に更にせり上がってしまったが、それは山脈の西側に生じた逆断層という構造によって押し込む力が、山脈を上にはみ出させる方向に働いた結果である。

下図は大阪湾周辺の地層の概念図で、せり上がる山の頂上部はその過程で堆積物は流され岩盤が露出する。

大阪層群と大阪平野 市原実=大阪市立大学理学部助教授
www.kubota.co.jp/urban/pdf/11/pdf/11_2_4_1.pdf

生駒山脈の姿を空から見ると下のようになる。
横からの応力によって山脈の西側に断層が出来ている。 赤丸が薬師山のあるところ、薬師山を挟んだ東側が矢田丘陵(矢田山)
(Yahooの地図より作成)
更に詳しい生駒山、矢田山の部分の考察図があった
大阪平野下に伏在する上町および生駒断層帯の地質学的断層−褶曲モデル
活断層研究センター 石山達也
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h14seika/ishiyama/ikoma.pdf
上記図のピンク色が基部花崗岩、黄色、緑色は大阪層群堆積物
これによると矢田山も生駒山同様に逆断層によってせり上がる構造が示されている。生駒山脈をせり上げた力は生駒の一皺では収まらなかった。そのしわ寄せは後ろに控える矢田の部分にも及んだ、ということになる。
ここで疑問。
薬師山は生駒山と矢田山の間にあり、そこは大阪層群のたまり場になっている。水辺にあるような小石が薬師山で見つかることは説明がつくが、もう一つ問題がある。それは基盤の岩石の一部と思われるものも見つかったことだ。それを以下に示す。

(上図の薬師山の文字は筆者が付け加えたもので原図にはない)
薬師山ノートの最初のページで示した遊歩道の写真には、薬師山を支える岩盤らしき岩が見える。
また、下の写真に見える山肌は露頭した領家花崗岩(上の褶曲モデル図のピンクの部分)のようだ。
岩面拡大 風化が進んでいる さらに拡大
以上をふまえると、薬師山は大阪層群の下の岩盤が露出している構造を考える必要がある


 仮説
現在の近鉄元山上口駅付近の地形は竜田川の両側とも宅地開発され変形している。下図右側の過去の地形では
薬師山と緑ヶ丘宅地に相当するあたりが、生駒山の隆起地形が落ち込まずに矢田山にぶつかっている領域として見て取れる。
現在の地形 赤点が薬師山 1961年の地形 赤点が薬師山

従って薬師山付近に限り(楕円拡大図)部分的にせり上がりが生じたのではないだろうか(仮説)