ウグイス考
ウグイスをよく知らない人はウグイスはうぐいす色だと思っています。ウグイスをよく知っている人の中にはウグイスはうぐいす色をしていないと言う人もいます。
とウグイスのページで述べましたが、それはインターネットや書物でウグイスを調べたときの記事の内容や、記述から受けた印象です。ウグイスをよく知らない人はウグイスはうぐいす色だと思っていることはごく自然なことですが、ウグイスをよく知っている人がウグイスはうぐいす色をしていないと言うのはなぜでしょう。さらには「梅にうぐいす」というのは梅に来たメジロをウグイスと見誤ったからで、「梅にうぐいす」というのは間違いである、とまで書いている人もあります。そして、昔の人が梅に来たメジロをウグイスだと勘違いしたためにメジロの色を鶯色と言うようになった、と言う解説まであります。
私は、ウグイスのこともうぐいす色もよく知らないので、調べてみました。
ウグイスは鶯色をしていないと言う人は鶯色を知らなかったのです。
ちなみに、広辞苑で鶯色を見ますと「鶯の背の色。緑に茶と黒のかかったもの」とありその通りの素直な表現で特別なことは書いてありません。鶯色を知らない人がウグイスは鶯色をしていないと言うのはなぜでしょう。想像ですが、彼らの生活から得られた鶯色はうぐいす餅、うぐいす餡などだったかもしれません。うぐいすは春のイメージ、お菓子づくりは創造です。薄緑のお菓子にうぐいすの名を付けてもイメージです。春のイメージとしてのうぐいすの名を冠したものが鶯色をしているとは限らないのですが、知らない者同士春色、草色のイメージを鶯色と思い込んだのかもしれません。メロンパンの色をメロン色と思い込むようなものですが。
ウグイスは鶯色をしていないと言わずにウグイスは自分が思っていた鶯色ではなかったと言うべきところでしょう。
実際に、うぐいす色の紙としてインターネット上に下のような色見本がありました。こんな色までうぐいす色とするのは、メジロと間違えたという説でも説明できません。現在、巷で鶯色と言われている色はメジロの緑よりも浅い黄緑の系統のことの方が多く、それはお菓子等のイメージカラーの方です。イメージカラーが先行して定着し、その浅い黄緑系を説明するためにメジロと見誤ったという解説を後から思い付いた人がいたのではないでしょうか。ウグイスをメジロと見誤りメジロの色を鶯色と思い込んだ人々によって鶯色が名付けられたのならメジロの色からはそんなにずれないでしょう。イメージカラーならどんどん膨らんで幅が広くなっても不思議はありません。ウグイスもメジロも知らないイメージカラーと言う説が最も合理的に説明できます。現代はこのような無知が主流かもしれません。現在、メジロをその色でウグイスと思い込む人は確かに多くいます。それは間違った鶯色が先行しているからで、本当の鶯色が定着していればメジロを初めて見る人は緑色の小鳥と言うでしょう。先に引き合いに出した財団法人の野鳥のサイトではメジロの解説でわざわざ「うぐいす色の鳥」として誤解させることを面白がっているようです。メジロは緑色の鳥と普通に言えばよいのに。


言葉には意味があります。話し手と聞き手が共有する意味です。人それぞれの勝手な意味ではありません。鶯色にはウグイスの色の意味があります。左のような色にはもっと別の名前を付けて欲しいものです。
<「梅にうぐいす」は間違いという説>
インターネット上でウグイスの事を調べていて、さらに不思議な記述にぶつかりました。複数箇所に同様な記述がありますが「梅にうぐいす」は間違いだというのです。一例を挙げると次のようなものです。
最近読んだ新聞報道によると、やはり「梅にうぐいす」というのは間違いで、たいていはメジロを見間違えているのだそうです。
つまり、この人の言によると、(2000年2月頃の新聞らしい)梅の花にメジロが来ているのをウグイスと間違える人がよくいるので、「梅にうぐいす」という言葉ができた当時も同様な間違った判断で実際には「梅に目白」だったということらしいのです。
しかし、「梅にうぐいす」というのは梅に何の鳥が来るかと言う内容ではないのです。二つのものが調和したり似合ったりするたとえなのです。梅は春を待つ人々に咲きかけ、うぐいすは春告鳥と言われるほど春の訪れを歌い共に親しまれました。この二者を取り合わせることはこの上もなく春を告げるイメージを盛り上げてくれます。和歌や絵画に好んで取り上げたのは梅にうぐいすがよく来るからではありません。日本人の早春のイメージであり理想であり文化なのです。現代人がメジロもウグイスも区別できないからと言う理由で日本の四季折々の豊かさにはぐくまれた文化を否定してはいけません。新聞記事がちょっとした軽い冗談のつもりではなかったかと善意に解釈しましょう。しかしジョークを真に受けて「梅にうぐいす」というのは間違いと受け売りしてはいけないと思います。
新聞記事がちょっとした軽い冗談のつもりと書きましたが、それは新聞記者が鳥の専門家でもなく、梅の花に集まるメジロを報道するに当たって記事を面白くしたかったからだと思います。しかし、「梅に鶯」は本当は「梅に目白」だった、と本気で主張する人もいます。
科学的事実に基づいて昔の人の誤りを指摘する、と言う気持ちなのでしょう。しかし、昔の人は「梅に鶯」を科学的事実として言ってるわけではありません。早春の喜ばしいイメージ、理想を言っているのです。鳥をよく観察する人達の中には、人や人の文化が見えない人もいるようです。いわゆる「オタク」でしょう。このような人は更に突っ込んで、「松に鶴」の鶴は実はコウノトリである、と言う始末です。「松に鶴」は縁起物としての組み合わせで自然界における観察結果ではないのです。
そうなのです。自然界における観察結果と異なる、あるいは、自然界ではめったに起こらない取り合わせを描いたり、歌ったり、これも人間の創造性、文化なのです。「梅に鶯」「松に鶴」あるいは「鶴は千年、亀は万年」なども自然観察の結果ではありません。それを間違いと言わずに昔の人のあやかる気持ちや縁起をかつぐ気持ちを察してあげましょう。
♪〜うめの小枝でうぐいすは
春が来たよと歌い出す
ホウホウホケキョ、ホウホケキョ〜♪
この歌のうぐいすは実はメジロです、と真面目に言わないで欲しいものです。
花札の梅に止まっている鳥が緑色をしていることをもってあれはメジロで昔の人が間違えた証拠だと言う人がいます。しかし、あれはデザインです。デフォルメされたものです。デザイン中の鳥の色を引き合いにするなら柳に登場する鳥はツバメではありません。顔中赤いツルも変です。世の中には写実と異なるデザインの方が多いくらいです。
コント:人間とウグイスの会話
人間:「おい、ウグイス、お前はどうして鶯色をしていないのだ」
鶯 :「え?鶯色ってわたしらウグイスの色じゃないんですか?」
人間:「人間界ではメジロの色が鶯色と決まっておる」
鶯 :「間違ってメジロの色を鶯色と言っちまたんでしょう、直して下さいよ」
人間:「人間界ではたとえ間違っていても数の多い方が正しいとされるのだ」
鶯 :「じゃあ、わたしらウグイスは何色で?」
人間:「・・・・・・」
傍でこれを聞いてたメジロ
目白:「人間様のお決めになったことには逆らえませんので、わたしらメジロは鶯色でもかまいません。ですが、ウグイスさんには申し訳ないので、ウグイスさんはメジロ色とでもしてはいかがでしょうか」
鶯色はウグイスに返しましょう。メジロの色を言いたければ、メジロの色が鶯色だと言わずにめじろ色と言えばよいのです。他にも、若草色、萌黄(もえぎ)、若葉色、若竹色、松葉色、色々ある色を何でも鶯色と呼ぶ鈍感を現代の文化とするのは情けないものです。
<うぐいす色(鶯色)の怪>
鶯色はウグイスの色だと思うのは自然です。物の名前を借りた色の名前はそのものの色というのが当たり前で、幾分幅はあるものの、オレンジ色はオレンジの色、空色は空の色、ごく当たり前にできた言葉です。ウグイスは鶯色ではないという人は鶯色を知っていて言っているのかと思うと、実はそうではなさそうです。
鶯色という色は日本工業規格の「物体色の色名」(JIS Z 8102:2001) に「慣用色名」として記載されています。こういうスタンダードを決めておくと○○色とあるので注文したら違う色だった、というようなことが避けられます。色にはいくつかの表現方法がありますが、JIS
ではマンセル値と言う表現で記述されています。このマンセル値をパソコンのモニターで発色させるRGBの値に変換したものが
Color Dream Net というサイトに載っていましたので拝借しました。
鶯色はRGB #706C3E(16進法)→10進法では、R=112, G=108, B=62 になります。パソコンで色の設定ができる場面がいろいろありますが、そこでR=112,G=108,B=62 を数値入力すると下のような色になります。厳密には各人のモニター上の色は少しずつ違うかもしれませんが大筋でこんな色が鶯色なのです。
鶯色は昔からこのような色(うぐいすの色)でした。そしてこの色は粋な色として江戸時代に流行したと伝えられています。流行色としての鶯色を昔の人は知っていたし、ウグイスを飼って鳴き比べをさせる文化もあり、さらにはウグイスのフンは化粧品として製品化されていたと言いますから、沢山のウグイスが江戸やその近郊で飼われていたでしょう。本物のウグイスを間近で見る機会はかえって今より多かったと考えられます。鶯色は現在でも工業規格にもきちんと定義され、染色業界でも和服の地色として紹介されています。これは昔の人の「鶯色」を受け継いだ結果です。
権威ある財団法人の野鳥のサイトに今様の鶯色の成り立ちの説明に『昔の人がメジロをウグイスと間違えたので・・・・』という理由を付けているのですが、実際には昔は飼われているウグイスやメジロ間近で見て良く知っていました。つまり、昔の人が間違えたと言っている当人達の時代に間違いが起こっているのです。証拠もなしに昔の人のせいにする、これは一種の中傷です。物書きのマナーに反します。自分が本当の鶯色を知らなかったことを何とか正当化する手だてを考えるより事実を素直に受け入れる方が、自分にとっても、後世にとっても、自然と人間のかかわりにとっても良いと思いますがいかがでしょうか。
色見本 |
記号 |
サイト、URL、タイトル、備考 |
706C3E |
A |
Color Dream Net ; http://www.colordream.net/
JIS慣用色名一覧
JIS慣用色名のマンセル値を「色出し名人Millennium U」でRGB値に変換 |
60581A |
B |
日本の伝統色 色見本 ;
http://www.asahi-net.or.jp/~xn6t-ogr/colors/tradcolors.html#index
日本の傳統色 長崎盛輝著 京都書院アーツコレクション に記載されている225色の色について、同書掲載のマンセル値からRGB値を算出 |
706C3E |
C |
色彩辞書 −Crimson Flare− ; http://www.nurs.or.jp/~cosmos/data/info.html
主婦の友社「色の名前辞典」より |
60581A |
D |
雑念の塊 ; http://member.nifty.ne.jp/zatsunen/color/jpncol.htm
日本の伝統色(色の小辞典) (財団法人日本色彩研究所編/福田邦夫著 読売新聞社発行)記載のCMYKデータを、
Adobe PhotoShop (V4.0.1J)によりCMYK→RGB変換 |
494918 |
E |
きものくらぶ 色の広場 日本の色 ;
http://www.hi-ho.ne.jp/sawai/club2/col0.html
(参考文献:日本の伝統色:読売新聞社) |
504F1C |
F |
友禅ネット 日本の伝統色 ;
http://yuzen.net/color/green/uguisu.htm |
鶯色に関するインターネット上の文献
JIS 規格以外にインターネット上で鶯色を拾ってみました(色見本B〜F)。出典のはっきりしているものと、伝統的な業種のサイトから選んでいます。
昔の人がメジロの色を間違えて鶯色としたとは到底考えられません。
706C3E
鶯色
6A5F37E
鶯茶
鶯茶の色見本も上記サイトのJIS慣用色名から引用しています。
ウグイスの写真:上が幼鳥、下が成鳥
東京医科歯科大学 生物学教室和田研究室のご厚意により掲載の許可をいただきました。
ここにウグイスとメジロの写真を並べます。写真ですからそのときの光の具合で多少のぶれはありますが、鶯色はウグイスに由来しているという当たり前を追認できます。もちろん色幅があるので厳密ではありませんが、茶色に寄っている系統は「鶯茶」と名付けられています。